美大の同級生と

久々にタマビ(八王子キャンパス)の油画科で同じクラスだった3人に会ってきました。
タマビの油画はグループ1(具象)グループ2(抽象)、グループ3(現代美術)というふうな感じでクラスが分かれていて、一学期ごとにグループを変更できます。ぼくはその頃やる気もなかったので4年間ずっとグループ1にいました。

S__13901825a.jpg 

僕自身はこの中の一人とは親友であり心友です。隣にいますが。
誰ともほとんど交流しなかった中でも彼だけは唯一交流がありました。
ぼくは1浪ですが高校も行っておらず大検を取って美大に入った時点でどの学年よりも歳が上でした。比較的学内で多かった1浪生よりも7個も上ですし、性格もあって独りで過ごしました。
それを自分で予想していたのか、大学に入る前にボッチでも楽しく過ごせるように自転車で自分が生まれて来たこの日本を自分の目で見て感じたいと思って夏休みは毎年旅をすることを計画しました。
大学生活はそんな感じで過ごして、美大の生活よりもバイト生活や次の旅のことで頭がいっぱいでした。
美大3年生になったある時にクラスに居た金髪でヒョウ柄の髪型したり目つきの悪いヤンキーみたいな髪型してた一番目立っていたヤツがいきなり話しかけて来て、ワッと思ったのですがそれで話すようになりました。
それからその彼も旅を一緒にしたいと言って来たので3年生の夏は一緒に神奈川~北海道の札幌まで2週間かけて野宿をしながら自転車を漕いで旅をしました。

北海道に入るまでほとんど連日雨だったので、レインコートも着っぱなしでした。外側は雨でずぶ濡れ、内側は汗でずぶ濡れなので結局中は何も身に着けずにレインコートのみ着て旅していました(ぼくだけ(笑))。道中コンビニの前などで小休憩などしていると、店員のおばちゃんから飴くれたり色々もらったりしました。それだけじゃなくてホームレスの方からもおにぎりをもらったりもしました。よっぽど応援してくれたのか、なんか貧相に見えたのかわかりませんけど(笑
北海道に入ると対向車線ですれ違うライダーの人が親指立ててグーポーズしてくれるのが良いですね。ぼくもいろんな人達に自分からグーやってました。自分の足で峠を超えて遠くに行くとなぜか感動できますね。環境にも優しいしエコです。大学1年生のときに横浜~四国まで行って一周できたときは最後の峠を超えた時は自転車漕ぎながら泣きました。ほとんど野宿でかなりハードでした。3年になって一緒に旅までできる濃い付き合いの友人が出来てよかったです。

初めてそこまで濃い付き合いが美大でできたしちょっと疎遠になったりもしたけど本当に楽しかったです。
あの日があっただけでもう死んでも生まれてきてよかったかなと今は思えます。

大学時代は英語の勉強に筋トレに旅することしか頭にない生活でした。
その一緒に旅した奴は卒業後は、なりたかった美術の専任教師として働きました。
あの旅で世界に興味を持ち出して各国に休暇中は行くようにしてたらしいです。教師として海外青年協力隊でモンゴルでも教えたらしいです。そしてこれからはアフリカで約2年美術教師として協力隊で教鞭を取る予定のようです。
あの旅で人生観が変わったのは僕じゃなくて彼だったみたいです。

卒業してしばらくしてから彼から言われて嬉しかった言葉が、今までぼくがやってきたことが一番自分にとっては大切なことだったと卒業してから気がついたということでした。やってきたこととは英語と旅ですね。
今は海外熱は冷めてしまいましたが。

人は誰に影響を与えるか、与えられるかわかりませんね。
人との出会い・交流って必然な気がします。自分がこうだから、こういう人に出逢う。そして通じ合う。

どういう人生を過ごしても人に迷惑かけないで、楽しく生きれたら成功だと思ってます。
”何も無くていいんだ”って北野たけしさんの言葉好きです。
取り柄もなにもなくても生きてて幸せに思えたらそれで。




関連記事