横浜で開催していた絵の個展に行ってきました。

今回は珍しく人の個展に行ってきました。

作家さんは安間由紀子さんという方で、旺玄会という団体に最近所属された方です。
今年の真冬に開催した僕の初個展にも、ご夫婦で来て頂きました。

場所は横浜の関内駅からすぐの画廊「楽」で昨日が最終日でした。

隣の桜木町駅で下車。

timeline_20180713_005307.jpg 



途中で老舗で評判の和菓子店でお土産を。

timeline_20180713_005313a.jpg

金と銀の袋に入った大きなどら焼きが売ってました。(銀は白あん)
grl_02268576.jpg 



画廊に着いて作家さんと色々お話できてよかったです。
画壇の会員の方で教室を持ってたり、教えたりしている方が多い世代なのでそっちの話も少し聞けました。自分も近い将来、教室やりたいと思っていますので。。

作品は色んなものがあって、アクリルで描いた作品、水彩で描いた作品、色鉛筆で描いた作品などありました。その中でも個人的にはこの作品が気になりました。
昭和のレトロな雰囲気で作品と額も合っています。
もともとの作家さんの絵の具の塗り方がこのクラシックなモチーフの雰囲気と合っていますね。
元々イラストレーター(今も現役)なのでサイズは”F,P,M,S”じゃなくてA4とかのが馴染みがあるのでしょうかね。この作品はA4サイズです。

timeline_20180713_005305b.jpg 


絵本も出版されていて、そちらも販売していました。

timeline_20180715_095540.jpg 



それにしても、来客が絶え間なくて人が誰かしら入っては消えてで、始終賑やかでした。
自分の個展のときとエライ違い(笑

というわけで近況報告でした~


timeline_20180713_005303b.jpg 
作家さんと。(本人に許可取ってないので一応顔は隠しました)





8年振りに水彩描いてみた

1ヶ月以上もブログ放置していました。。(・∀・;)

書きたいことはたくさんあるのですけど、タイミングというのを個人的に意識していて、なかなか書けていません。
それと更新してないのも理由があって、いま、メジャーな作家になるための新しい試みというか準備をしています。
準備しても実行してもなれない可能性のが高いのですけど、多くの人がやっているようなことをしても成功はできませんからね。

なにをしてるのかと言うと、水彩を描いています。
といっても本気で描いてません。
遊びの遊びでストレスになるようにはしていません。

この水彩を使って新しい試みをするのですけど、それはここでは、もっとずっと後に公開します。半年先だか、2年後かわかりませんが。
水彩は本当に久々で最後に描いたときが8年前でした。
しかし落書き程度で簡単に描けるので
正に「楽描き」って感じで良いです。

まだ実験段階なので、個性的な作品は公開できませんが、こーやって色々描いていきたいと思ってます。これのメイキング動画も撮ってますからデータが既に膨大です^^;
これは水彩の5作品目くらいの絵ですけど、
制作時間30分くらいです。
なんの面白みも個性も無い絵ですけど、発信するならこのくらいが良いです。

他にも色々計画してますので、進展があったらまた報告します。
ではまた☆

DSC_0014B.jpg 



公募団体について思うこと。(絵画コンクール(公募団体展)の授賞式に行ってきて感想)

今回は長文になってしまいました。
ですが、たまにはも吐いてみます。
アートに興味のあるアマの方には参考になることもあるかも。。しれません。
長いのでテキトーにどうぞヨロシクお願い致します。

toubi.jpg 
東京都美術館

1280px-National_Art_Center_Tokyo_2008.jpg 国立新美術館  出展:Wikipedia


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
公募団体の実態と問題点                   

年も出してみた公募団体展の審査結果が授賞だったので、懇親会を兼ねた授賞式に行ってきました。
率直に今回は僕はこの画壇に二回目の出品ですが、前回よりも見えてきたことがあって印象が少し変わりました。
それは公募団体などの画壇に関わる以前から解っていたことですが。。
美術をよくご存知無い一般の方にも解りやすく説明しますと公募団体とは日展、院展、二科展、独立展。。などの名前で毎年一度、国立新美術館か東京都美術館で行われている美術展です
そしてそれは主にアマチュアの美術の組織であります。
つまりプロの作家がほぼ居ない。1割もいません。
会によって多少の違いはありますが、どこの団体も組織内の大多数がアマチュアです。
(美術の世界ではプロとアマの明確な区別がありませんが、個人的にプロとは企画ギャラリーに取扱になって販売を定期に行っている状態と定義します。ちなみに自分はその境界にいます。そのことから、このブログのタイトル通りで自分では画家やアーティストと名乗ることはしていません。)
僕は団体に所属はしていませんが、関わる以前からこういう現状は知っていました。

アマチュアだと美術活動をしていて、ある一定レベルの活動しかできません。

どういうことか、いくつか上げると、
・ギャラリーで取扱作家になって企画で販売や、デパートで展示即売することが難しい。
アートフェアに出品できない(アートフェアとは作家がお金を払って出品するアートイベントとは違います。出品単位が作家でなくてギャラリーとなります)
メジャーな美術雑誌(アートコレクターズ、美術手帖、美術の窓、月刊美術)に定期で特集されない。
学芸員、ギャラリスト、コレクター、キュレーター、現代美術作家や若い作家に注目され難い。

などまだ他にも細かいことは色々とあるでしょう。


公募団体(日展、日本美術院、二科会、独立美術協会、白日会等々。。。)については、昔はプロ、今はアマというスタイルを感じます。

昔のように美大を卒業しただけで作品が売れていた時代や、画壇所属でプロとしてギャラリーで作品がポンポン売れていた時代はバブル崩壊時期辺りに終わりました。
または美大卒業というだけで、ある種ブランドだったわけですから作家にとっては良い時代だったでしょう。
今はギャラリーも実力が無いとなかなか売りにくいし、力の無い作家は飼い殺しやギャラリーがドンドン切り捨てていっている無情な時代です。

そして現在は公募団体がそもそも注目されていないので、若い人は元より、プロとしてやっていきたい人にとって団体に所属する意味が希薄になっていってしまったと思います。
公募団体は時代にあぐらをかいて来たのかもしれません。
団体の人たちの作品の中身は昔も今も大差が無い気がします。
売れていたのは時代がそうだったからとしか思えません。
今もメジャーな団体は個人的に分析すると、他ではやっていないような独自で面白いイベントや動画のネット配信や作家の原石となる学生を大きく呼び込むための行いなどを努力して来ました。
そういう努力をマイナーな団体はしているのか、と思います。
年に一度の全国展となる公募展の他に都道府県の支部展やクロッキー会、写生会、懇親会、どこの団体もやっていることをしていて差別化など出来るわけがなく、独自で人を(特に息の長い若者)を呼び込む仕掛けを構築しない限り廃れて当然です。
しかしマイナーだけでなくメジャーも共に公募団体は時代に徐々に追いついて来れなくなりました。
その理由は団体に所属してもプロになれないことが大きいと思われますしかしギャラリーに所属すれば即プロとしてグループ展からスタートできます。うまくいけば個展になり、デパート個展も出来るでしょう。
アマに教えを請うて研鑽を磨くか、プロとして厳しいアートマーケットの中、自分の作品を磨いていくかは個人の自由ですが。。


団体所属の人達の固定観念                        

今回の団体の中で偉い先生方の1人に言われました。
まとめると、
「作品をとにかく描きまくれ。世に発表なんてまだまだするもんじゃない。ましてや海外なんて行くのは違う。」
ぼくは何故なのか理由を伺ってから理路整然と反論したかったのですけど、祝賀ムードの中そういう状況ではなかったのでやめました。

作品を描き続けることは大事です。
でもそれと世間に評価されることも同様に大事なハズです。
ずっと家で篭って制作していて何になるのでしょうか。
いつ「時は来た!」になるのでしょう。
年老いてからでないと成功してはいけないのでしょうか。
こういう先生の元で教わっている生徒さんは自由を制限されていることでしょう。
僕なら真逆で何でもOK。やったもん勝ちと言いますけどね。。
ですが、この方の言われた言葉一つを取り上げないで、言いたいことの趣旨を思うと自分も少しは理解ができることがあります。
それは、美大の卒業展でギャラリーにスカウトされて作家として作品を突き詰める時間も無くプロとしてマーケットの場に立つことへの警告です。
僕もそれはあまり良いことではないのではないかと、あらゆる面からそう思っています。
何故ならマーケットに出す作品は”売り絵”になるからです。
しかし世に残る作品はその売り絵です。
マーケットの場に立っていない人の作品がメジャーになるケースは少ないでしょう。
誰も知らない人の作品が世に残るでしょうか。でも誰も知らなくても凄い作品を作っている人も希少でも居るかもしれませんが、それで作家をやっていて楽しいのでしょうか。満足なのでしょうか。
”時が来る”のをひたすら待つのでしょうか。
(注)それと売り絵が悪いわけではありません。ある程度のブランディングが出来れば手抜き作品でも売れるので生活のためにいつも描いているお決まりの冒険心の無い作品のことを僕は売り絵と思っています。それも買う側の自由ですが。
作家は作品がブランド化できるような立場になることが成功と思います。
作品が良いからと無名でも買うなんてことは概ね10万以下の作品だけです。
いくら欲しい作品があっても40万したら、無名ならさすがに買いませんよね?
無名ならその作家の今迄の展示歴やどこのギャラリーで扱われているか、これからの展開など色々今後育っていくかどうか必ず画商に聞くと思います。
高額商品は無名じゃよほど金持ちでないと買われません。
結局作家ブランドで買うんです。ハイアートは投資目的で買われるものだからです。
この作家だから買う。それでいいんです。そこまでブランディングできることが並大抵ではないのですから。


話をクラシックな場に戻しますが、
去年から画壇のイベントに機会があれば全部参加して色々な方々とお話してきました。
その中で、ある共通したセリフが聞こえてきました。

「何十年も描き続けてこそ良い作品が描ける。」
「画家は晩年になってからこそ」
「実際に観て描く。何百枚もデッサンを描く。」
「作品を販売することは悪しき事。ひたすら制作をして、もっと純粋になることが大事。」

このようなことを言われる方はまるで”言い伝え”のようなセリフを考えなしに自動的に発言されている印象を感じました。言葉が悪いですが、このような”綺麗事”は今まで展示会場に来客される方にも居ました。そして決まってこういうセリフを発言される年代があります。僕だけでなくても、公募団体やクラシックな場所で活動されている方はよく聞くセリフでしょう。学校の美術の先生もこういうことを言っているかもしれません。何故ならアマチュアの方が言う常套文句だからです。プロは常に販売していますから。


作家としての心構え                    

描き続けることなんて、凄いことでも偉いことでも何でもなくて、それは作家を志すなら最低条件です。つまり当たり前の話です。
描き続けて描き続けてそれだけで一流になれるのか。一流の作品が描けるのか。描き続けても毎年代わり映えのしないような作品を量産していても、出来ることを続けていて成長があるのでしょうか。
出来なかったことをしてこそ成長でしょう。
ぼくは自慢じゃないですが、誰よりも描いてこなかったです。
しかし完全に独学ですが、新しい挑戦はしてきました。その結果、描き続けることを信念とされている方々よりは、年齢も若いにも関わらず、作品は紙一枚は上手なんだろうと思っています。
年齢なんかアートに関係ないです。若くても凄い人はいますし僕は認めています。
作家は経験値ではなくて、発想と挑戦してきたかどうかと思います。
何十年も同じような作品を描き続けた人は挑戦は数少なかったのでしょう。
それは楽だからです。新しいことに挑むのは疲れますし、上手くいかないときのストレスや挫折は誰でも嫌でしょう。
でも偉そうに語っている方がおられたら、御自身の美術界の立ち位置を俯瞰で御覧になってほしいものです。
会の中や、一般の方の前では偉いかもしれませんが、そこから外に出たらどうでしょう。
プロで活動をコンスタントにしていなければ学芸員やギャラリーや雑誌社やキュレター等の、プロのアートの世界では正直無名でしょう。
色々言えるのは自分より実力が下の人に対してだけです。それ以外に語っても説得力に欠けてしまいます。


ぼくも偉そうになんて言えません。
ただ向上心だけは持っています。
苦しいことをしなければ成長しません。
描き続けることは苦しいことではないはずです。
もし、それが苦しくて挑戦し続けることが出来なければ、それまでの次元なのでしょう。


ぼくは、ぬるま湯が実はそんなに好きではないのかなと思いました。
今までずっと自分独りでコネクションも忖度も何もないまま、活動してきたので正直ギャラリー所属してる作家とは違って厳しい中で実力で、ショボい作家もどきですがやってきました。
デパートで展示できたのもコンペで授賞してさらいスカウトされたからで、東急個展もその活躍を雑誌で掲載してもらってきたからこそです。でもそれも美大の新卒でギャラリー所属してる若い作家には別段凄いことではないかもしれません。デパート個展などはギャラリーのオーナーや画商の繋がりがあれば、やらしてもらうことなど珍しくはありませんから(しかしほぼ新卒採用しかしていない今の時代ではギャラリーの取扱になることが困難ですが)。

こういう環境でアート活動をしてきた僕は、馴れ合うくらいなら競争を求めます。
褒められるより、けなされて怒りや闘志をエナジーに変えるやり方に慣れてしまったのかもしれません。
とにかく僕が刺激がないとダメなんだと思いました。


あとは、会に関わる優秀な人が現れたらその人に、
「辞めないでね。」
は言わないでほしい。
その言葉は人の自由を制限する言葉です。
そういう存在が現れたら誰かしら口にするでしょう。
縛り付けるメリットはむこうには在るかもしれない。
しかしこちらにメリットが無ければ意味がない。
僕は人を縛り付けることは昔から一切しません。
むしろ大きく羽ばたいてほしい。
その結果自分の元から去って行っても一向に構わない。
それが自分の親友でも兄弟であっても。
自分も大きくなれば良いだけの話。

ぼくはアートを趣味でやっているのではありません。
アートは本気の遊びとしてやっています。
趣味とは言えない。しかしそれで食っていく事ができないから仕事とも言えない。
本当は堂々と遊びじゃなくて仕事と言いたい。
だから情で動いてはいけない。
そしてビジネスなので自分にメリットが無ければ当然ダメなのです。


これからの公募団体について                    

なんだか長くなりすぎてしまいましたが、
公募団体にはプロ育成でなくアマの団体として、それはそれでイヤミではなくて、ユルくやっていかれたい、ノンビリ平和にやっていきたい方々には良いと思います。

絵を描く作業は孤独です。色んな人と交流して評価し合って独りで描いているより刺激になるでしょう。
しかしこのままでは若い人がなかなか入って来ないので、存続し続ける意志があるなら時代に合わせて変えていかなければならないのです。
それぞれの会の創立者の信念・想いを変える必要はありませんが、独自の魅力は作り上げて発信していかなければ、今いる大多数のご年配の方が世を去る30年後は無くなっているかもしれません。

展示以外の今の時代に合わせたやり方で会を存続させてほしいものです。
今ご年配で会に所属しておられる方々はご自分たちが若い頃に先輩方が若い世代に向けて作り上げてきた会なのですから。



今年も画壇の公募(コンクール)に挑戦した結果。。

timeline_20180518_050211a.jpg 



結果通知の封筒が届きました。


去年はじめて出展した画壇の公募
がありましたが、早いものでもう今年の公募の時期になりました。
「もう一年経ったのかあ。。」
と、年々月日が経つのが早くなってきて、そう思いますよね^^;
ホントにボーっとしてるとドンドン時間だけが過ぎていきますね。あーコワイ

で、結果ですが。。。

みなとみらいで絵画モデル撮影 Ⅱ

結婚式の翌々日にまた、みなとみらいで撮影してきました。
素材としてモデルさんの写真だけが必要なので、スタジオもいらないですしロケなら地元のこの場所を最近指定しています。

今回も前回と同じくたまたまロシアの人で、背は珍しく小さい人でしたが西洋人!!という顔の方だったので選んでみました。
天然でブロンドの方を描いてみたかったので描くのが楽しみです☆

今まで日本人を中心に撮影してきましたが、外国の方はモデルというか仕事のランクが違うからなのか、あらゆるスペックが高くて本当に感心します。。

DSC_0067d.jpg 

それは外見よりも精神の方で、
今まで撮影してきた日本人の方とは仕事に対する意識がまるで違っていてプロフェッショナルを感じます。

例えば
  • ポーズも自分から色々進んでしてくれます。
  • 恥ずかしがらずに堂々と野外でも不満一つ言わずにポーズしてくれます。
  • スレンダーでプロポーションを維持しています。
  • メイクも自分でキメてきてくれたりします。
  • 衣装も持ってきてくれます。
  • 日本語も話せます。

も~~~今までと違いすぎて、日本人の方はもう撮影出来ないかも。。
最近外国人モデルさんを探して依頼してますが顕著にプロ意識を感じます。

事務所のモデルさんによってレベルも対応も違うのでしょうけど、日本の方はどこか甘えがある気がします。体型を最高の状態に保てない時点でモデルの資質を疑ってしまいます(僕がモデルなら体型キープ出来ないなんてあり得ない。。)

でも海外で戦う作品だと外国人の人物画よりも日本人のがやっぱり良いですけどね。
今は趣味の要素が高くて外人さんを撮影しています。


DSC_0521c.jpg 
赤レンガ倉庫の前で撮影しました。
どこもかしこも修学旅行生が居て、皆が観ていて普通はモデルさんも恥ずかしいと思う状況の中でも平然と色々ポーズをキメてくれました(自信満々ですね笑)

それと後ろの超巨大な客船にビックリしましたΣ(゚Д゚)
後で調べたら「飛鳥2」という客船でした。
超巨大なマンションが立ってるかと思うくらいでした^^;

あとは、このモデルさん(本当はモデルが本業ではない)は実はバンドかなんかのユニットのメンバーらしくて、今年のサマソニのステージにも登場されるようです。
そんな人が半分ボランティアみたいな僕みたいな無名の作家もどきの為に撮影させてくれるなんて感謝感激しました。
なんでも、日本に来て数日かそこらでいきなりそういうミュージック系の事務所に六本木でスカウトされたらしいです。ラッキーとしか言いようがないですよね。。
僕なんか絵を世に発表して5年目ですが、まだメジャーデビューは遠く感じます。

久々撮影しましたが、やっぱり横浜のみなとみらいだけは都会でも好きな場所です☆

沖縄でウェディング

DSC_0066b.jpg ウェディング・ベルを鳴らす弟夫妻



弟の結婚式で沖縄に行ってきました。



羽田から那覇空港へ。
timeline_20180423_113910.jpg 
羽田

timeline_20180423_113743.jpg 


珍しく雨での出発
timeline_20180423_113828.jpg 


那覇に行くのにいつもスカイマークを利用しています。

理由は安いのに成田でなく、羽田から那覇に行けるからです。
それ以外にも飛行機が小さいので乗降がスムーズです。
それとささやかな楽しみである空の上の珈琲タイム。
スカイマークは希望する人に珈琲サービスがあります。

僕のいつものプランで
①まず行きは右側の窓の席を確保(富士山を観るため)。
②高度が安定してから、機内お知らせがあるタイミングで窓を観ると富士山が丁度見えることが多いので、そのときに富士山を眺める。
③機内放送後にキットカットを配ってくれるので、それを受け取る。
④そのすぐ後に今度は珈琲を出してくれるので、珈琲受け取りのサインでテーブルを倒して待つ。
⑤キットカットを噛りながら珈琲を飲んで窓の外を眺めて富士山の余韻に浸る。
⑥睡眠を取る、アートの今後の展開を考える、または読書。
timeline_20180423_113613.jpg 

timeline_20180423_113610_20180428174608ad1.jpg 
沖縄上空



と言いつつ沖縄到着。
timeline_20180423_113642.jpg timeline_20180423_113737.jpg



更に結婚式会場の万座ビーチというところにバスで到着。
timeline_20180423_113728.jpg 


万座は沖縄の北の方にあります。
環境省選定の「快水浴場百選」では沖縄県内で3ヶ所しかない「特選」にも選ばれているそうです。
実際綺麗な浜に海でした。
沖縄何度も来てて、はじめて実際に海を観ました。
timeline_20180423_113651.jpg  timeline_20180423_113710.jpg timeline_20180423_113655.jpg timeline_20180423_113705.jpg

timeline_20180423_113631_20180428174609d4e.jpg 

timeline_20180423_113701_20180428174611c29.jpg 

宿泊ホテルはANAインターコンチネンタル万座ビーチリゾートということろです。
imgEvent04-1.jpg r1.jpg
出展:https://www.anaintercontinental-manza.jp/

中はこんな感じ。
timeline_20180423_113657_201804281746104f0.jpg 


式前に向こうのご家族と一緒に写真を撮りました。
僕は向こうのご両親とは基本的にもう葬式以外では会わないでしょうから最初で最後の写真です。
今回カメラマンを親に頼まれていたので400枚近く撮って自分のカメラに僕が写っている写真はこの1枚だけでした(別途プロのカメラマンも頼んでいます)。
DSC_0002a.jpg 
それにしても弟もそろそろ結婚するかなと思っていた時期に結婚がありました。
結婚報告まで彼女がいることすら知りませんでしたけど、そういう予感はしてました。
弟は大学まで野球やってて体育会系でずっと坊主でした。
性格から何まで僕とは反対ですが、1人の男として新しい家庭を築くんだなと思いました。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
timeline_20180423_113618.jpg 
朝はケーキとホットチョコを腹に入れて、沖縄の浜辺を少し散歩しました。
沖縄は何度も来てますが、住んでは居ないので良くわかりませんが、
沖縄の人たちは暖かい気がします。
北海道~四国まで野宿しながら旅してた経験から沖縄がダントツ人が優しい感じがします。
あとは沖縄のルーズさが自分はとても気に入っています。
時間の流れが違うようなそんな感じの沖縄にいつか住んでみたいと思うのでした。