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アートフェアから絵描きとして重要な要素を探る



こんにちは
現代美術の活動をしています”すー”です。

だいぶ更新が久々になってしまいました。

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今年の報告としては、
そういえば2月に名古屋でアートフェアがありましたが、
自分も参加してみたので記録しました。
今年で作家活動6年目で、
地方の国内アートフェアですが国内アートフェアは初でした。

超ロングな記事になってしまいましたが、
作家として重要と思えることも書いてみたので、
作家として駆け出しの方や、アートに関心のある一般の方も是非ともご閲覧頂けたら幸いです。



アートフェアとは                 

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アートフェアは以前もお話したことがありますが、通常よくある出品単位が作家のアートの展覧会ではなくて、出品単位がギャラリーの展覧会です。
ギャラリーが自分の抱えている取扱作家の作品を販売&お披露目して、ブランド力を高めるための場です。

そしてアートフェアの作家(職業作家)と、通常各地で様々に行われているアートイベントの作家との違いは、アートフェアはギャラリーが出品単位なので、参加している作家は多少なり各ギャラリーが推している or 売り出したい作家ということになります。




アートフェアに参加するには            

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では、そのアートフェアには、どのように参加するのか。

まずアートフェア参加は、所属ギャラリーが国内に数あるアートフェアのどれかに参加することから始まります。なので作家が参加したくてもギャラリーが出展しなければ作家は参加できません。

また、アートフェアと一口に言っても場所から規模から展示形式からランクが色々あります。

ギャラリーはブランディングのためであったり、他のギャラリーとつながりを広げる目的、新規のコレクターや作家など人脈を獲得する目的など様々な目的のために参加したりします。
また、特にフェアに参加するつもりもないのだけれどもギャラリーの横の繋がりがあるので、体裁上参加しているというギャラリーもあります。
海外のビッグなアートフェアだと出展した経歴があるだけでギャラリーのステータスになるので、フェアであまり売れないことが解っていても大金を出して参加したりすることもあるようです(全く売れないことも結構あるみたいです)
ちなみにビッグなアートフェアと言うと国内ではホテル展示式ではないブース展示式のアートフェア東京のみですね。
{それでも日本の現代アート市場は世界のアート市場から見るとトップ10以下であり、現代美術だけでなく美術産業全体を含めた総合でもランク外です。世界で3番目にお金持ちの国がアートに関しては他のアジアと比べても高くはないレベルです(国内の現代アートのマーケット規模は台湾と同レベルくらい)。
。。まあ僕が偉そうなことは全く言えないのですが。}

そうしてギャラリーが参加することで、はじめて作家もフェアに参加できます。


フェア参加にかかる予算             

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ギャラリーは自身の予算から参加出来るアートフェアを選びます。
そして資金力のあるギャラリーを除いて、予算の少ないギャラリーは取り扱い作家に参加の是非を問います。
これはアートフェアの出品料と作品輸送料を参加する作家達とギャラリーとで折半する為です。なので所属作家と言えど、お金の負担を強いられるギャラリーもあります。
様々なアートのイベントに大抵出品料がかかるようにアートフェアにも出品料がかかります。
ホテル型とブース型がありますが、ホテルだと部屋を借りている分、部屋代がかかり、ブースだと会場費がかかります。それ以外に運営費なども含まれていると思います。

出品作家と参加の是非や予算の話がついたら、フェアに参加申請をします。
ですが、ほとんどのアートフェアでは新規ギャラリーの参加は出来ません。
表面上は参加申請を受け付けていますが、ギャラリーは狭い横ならびの世界なので、実際アートフェアのギャラリーは毎年恒例の常連組が大半です。
新規ギャラリーの参加はフェアに参加経験のあるギャラリーからの紹介で主に成り立っています。

開業したてのギャラリーでも他のギャラリーと関係を持っているところは問題はありませんが、ギャラリー同士の繋がりの浅いギャラリーの参加は大変です。
参加ギャラリーが少ない小規模のアートフェアや、まだ開催年数の浅い地方のアートフェアなどから参加出来るチャンスを伺うしかありません。

ちなみに国内の地方アートフェアは出品料が最低20万程度ですが、アートフェア東京だと最低でも81万(税込み)かかります(2018年度開催)ちなみに一番安いブースが約5畳のスペースです。一番高いブース(一番広いブース)だと出品料が178万ほどです。
更に海外のアジアクラスのアート台北では、もっと費用がかかると聞きました。
バーゼルなど欧米のアートフェアなんかにすると輸送費含めて数百万かかります。

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2018年度 アートフェア東京のブース代(最小サイズ)





作家としてのアートフェア            

さて、どうにか参加も出来たら、
作家がやることは通常の展覧会と変わりません。

作家はアートフェアに出品する為の作品を用意します。
各作品の展示スペースはアートフェアの壁や設置出来るスペースを作家の数で割ったスペースであったり、ギャラリーがそれぞれの作家のスペースを個別に分けたりします。
今回の僕の場合だとホテル式のアートフェアで部屋のスペースと参加人数がそこそこ居るので、一応1人2平方メートルとなりました。(実際は作品の設置場所などは、ある程度早いもの勝ちで決まりました。搬入してセッティングの時間って大体余裕がそこまでないので、スペースも結構適当でした。)

それとアートフェアのDM用(パンフ用の掲載作品)の作品の提出も各ギャラリーであったので、出品作家でもギャラリーが推す目玉作家は早めにアートフェアのDM掲載用の作品画像と情報を電子メールで送ります。

出品する作品の用意が出来たら、ダンボールに箱詰め、梱包してギャラリーに送ります。またはギャラリーが美術品輸送業者を作家の家に手配してくれることもあります。

あとはキャプション情報をギャラリーにメールで送ります。

そしてギャラリーが色んなお客様に案内を送る他に、作家は来てほしい人たちに案内を送ったり、ネットやSNSで宣伝などする人はするでしょう。

そうして、あとはフェアに挑むだけです。

ぼくらのギャラリーは特殊な形態なので、作家の独自性を最も求められます(単純にギャラリーに資金が無いということではなくて)。
なので参加作家はフェア会場が近場だったり、規模が大きいから参加してみたり、単純に経験してみたくて参加してみたりなど、作家が自由に決めました。



アートフェアに参加してみて            

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さて、初めての国内フェア参加してみた感想ですが。
結果的に良かったです。

初めてでしたが、自分のギャラリーでは他のメンバーよりも僕の売上が最高額で飾れました。それも応援してくれたお客さまのお陰です。。ありがとう御座います。


今までデパート中心に展示活動をしてきましたが、アートフェアは客層が幅広い気がします。有名企業の社長さんも私服で来場していましたね。
まあでもそれは単純にデパートよりもお客様が多いからなのかもしれません。
アートフェアはもっと多くの作家が居るし、作家のキャリアも幅広い。なのでギャラリーも複数出展していますしね。
多くの来場者やギャラリー、作家、コレクターとの出会いがあるので作家としてチャンスもアートフェアでは多少広げられるのかなと実感しました。

「もっと早くフェアに出していればなあ。。」

そう思いました。


作家としての歩み方            

僕はまだキャリア6年目で作家としてはまだキャリアが浅いのですけど、芸術活動をスタートした年齢が通常と違いすぎるので年齢が上がるに連れて焦りが増します。

ほとんどアートフェアに出れるのは作品の実力よりもギャラリーや作家の紹介から参加したような流れだと思います。
どの業界のそうだと思いますが、才能よりも世渡り上手が出世します。
参加したければフェアに出ている作家やギャラリーと繋がればいいのです。
早く活躍したい作家はフェアに出展しているギャラリーや作家とコンタクトを取れるように活動していくのが良いと思います。

もし美大に在学中であれば、実際に作家としても活躍している教授や助手、先輩や同僚などと関係を持つことが最重要です。
その中でも最も関係を持ったほうが良いのは助手でしょうね(助手は教授のアシスタント的な立場で、元々の出身美大で務める場合が多い。学生にとっては美大の先輩であり、作家としても先輩である)。
実力十分で作家としても一足先に活躍していて世代的にも学生に近いし親しくなりやすい存在と思います(僕は誰とも繋がりませんでしたが)



成功するために人とつながりを持つ         

ギャラリーオーナーも言っていましたが


誰とも繋がりが無い作家の卵は自らアピールするしかありません。
しかしアピール出来る行動力があっても、肝心のどこにアピールすればいいのか、どうしたら効果的にアピールできるのかもよくわかりません。

それはとても遠回りで時間の無駄です。
孤独に自分のアートを高める時間も必要ですが、活躍の舞台に立ちながら磨いていけばいいのですよね。
僕も二年前にギャラリーにアピールしたわけです。

そのギャラリーも作家のスカウトはしています。
スカウトされた作家は駆け出しの作家も中にはいますし、はじめての展示がいきなりアートフェアという作家も結構いたりします。

ぼくのように誰とも親しい繋がりの無い作家は「一匹狼」ではなく、単に情弱な「一匹羊」です。
単体じゃよほどのことをしない限り出世はできません。



駆け出し作家のデパート展示のデメリット         

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今回実は2年ほどお世話になっていたギャラリーの代表的な作家「Fさん」に初めてお会いしました。
今までメールでやり取りをしてきて、作品も送って展示もしてきた仲で、ついに初めて会ったんです(ぼくがギャラリーに関わっているのも、所属が欲しいということではなくて、この作家さんと繋がっていたいと思ったからです)
そんな人に出会えたものですから、少しだけですが色々と聞きたいことを直接聞けました。
その中でも、僕のデパート展示活動に対して一言うかがえました。

Fさん「そういえば、すーさんってさぁ~。今までデパートで展示してきたんだっけ?」

すー「そうですね。ほとんどデパートです。グループ展ですけど。」

Fさん「んー。。デパート展示ってどうなんだろうね。」

すー「え、どうって、なんかマズいんですか?」

Fさん「デパートで展示してたら、ギャラリーから声かからないでしょ?」

すー「え、そうなんですか?」

Fさん「だってデパートはギャラリーとか画商が主催してるんでしょ?主催してるギャラリーの作家を他のギャラリーがスカウトしないでしょ。(横取りになる。)」

すー「。。。あぁ。。。。そうですよね。。そういうことだったのかあ。。」


こんな単純なことも解らなかったです。
考えてみたら当たり前だし、人の展示中に作家に声かけてスカウトするような常識はずれのギャラリーは今までありませんでした(一つのギャラリー除いて)

今思うと、だから昔「ART@JUNGLE」(今は幻影技芸団とか言うらしい。。)のプロデューサーも「あまりデパートで展示しないほうが良い」と言っていたのかと。。
そのわりにプロデューサー自体が若い作家を集めてデパート展示を立て続けにしているのは、どうなのだろうと思いましたが。。


更にFさんは、ぼくの漠然とした馬鹿みたいな直球の質問にも答えてくれました。

すー「Fさん、どうやったら最短でメジャーな作家になれるんですかね?」
Fさん「。。。飲み会じゃない?」
すー「結局は”人”ってことですか?」
Fさん「だと思うよ。」

やっぱり人の繋がりなんですね。



美大の問題          

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僕はタマ美の油画専攻の出ですが、
美大の中のファイン系(油画、日本画、版画、彫刻、工芸、現代美術など)では、デザイン系などとは違って本来は就職が目的ではないので、作家としてどのように作品を販売して、どのようにアーティストを職業としてやっていくかの”アートマネジメント”を教えてもらわなければならないのですが、その部分は一切教えません。
卒業してから突然放り出されるわけです。僕など何をしたら良いのか、どうすれば作家になれるのか、貸しギャラリーと商業ギャラリーの違いすらわからない状態でした。
と言うか、そもそもギャラリー自体もよく分かりませんでした。描いた絵をどこに出したら良いかも、兎に角なにもわからないのです。
なので美大という機関でも公式には教えてくれない非公式の部分(どうしたら作家を職業にできるのか)は教授や助手、先輩から教えてもらうしか無いんですよね。。
独りは何もかも手探りなので厳しいです。

そしてその”職業としての作家”になるための情報は実際に最低でもデパートかコマーシャル・ギャラリーで展示活動をしてきたような作家(職業としての作家)や、その作家を扱っているギャラリストから聞くべきでしょう。



L.Aのギャラリーと合同展示      

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今回自分が参加しているギャラリーはもう一つのギャラリーとの合同展示でした。
もう一つのギャラリーとは、
そのFさんが取扱になっているアメリカLA(ロス)ではそこそこの知名度である「HIVE」というギャラリーです。HIVEのギャラリーオーナー兼作家のNathanも通訳担当の取扱作家と一緒に来場されました。
L.Aギャラリーのオーナーのアートを観る視点が”国内で良いとされている作品”と全く違ったことが若干興味深かったです。
彼が求めているEXCITINGな作家はどうやら他のギャラリーにはあまり居なかったようです(HIVEが求めているアートがローブローアートなこともあります)

今回日本のフェアに呼んでもらったお礼にHIVEが来年企画展でこちらのギャラリーの作家を呼んでくれることになりました。でも作家それぞれの展示スペースにはかなり違いがあります。彼と仲良くなった作家には展示スペースもかなりの割合で使っていいような感じになりました(アメリカの方が人情じゃないですが、そういう感覚があるそうです)
やっぱり飲みニケーションが案外運命を決めるのかもしれません(僕は飲み会もほぼ参加していませんでした)


僕のリアリズム技法            

また、オーナーは僕の作品は気に入ってくれたようですが、企画の展示スペースは作品二枚ということになりました(小さいのを1枚の作家もいます。)
そして、ぼくのリアリズムの技術を疑っていました。

FさんからL.Aギャラリーオーナーが僕の作品について語っていたことを教えてくれました。

オーナー「すーの絵は、本当に描いているのか?僕のギャラリーの作家にもリアリズム・アーティストは何人かいるけど、こんな薄塗りのリアリズムはあり得ない。もっと絵の具で盛り上がるような厚みがあるはずだよ。」

どうやらコラージュか何かを利用しながら描いているとか、全部絵の具で描いているものとは思っていなかったらしいです。
単純に、ぼくのような描き方のリアリズムの技術はL.Aでも見たことがなかったようです。それとオーナー自身も作家ですが描き方がわからなかったことも。
未知のものを作り出すことは良いことですが、技術が疑われては損だなと思いました。
今後展示をする際は主催ギャラリーには正確に技術を伝えるべきと思いました。
でないと、ギャラリーが来場者の方々に作品の魅力を十分にお伝え出来ませんし。



最後に            

フェアが終わってみて、ぼくが展示レベルや受賞実績のわりに海外活動やアートフェア東京未経験な原因がなんとなくわかりました。
今回のアートフェアでもデパート関係の人からは僕を知っている方もいましたが、”基本の展示は公募やコンペ以外はデパート展示のみで、それ以外で*貸しギャラリーでの個展も未経験”という状態だと、画廊界からの知名度は無かったと思われます(*貸しでの展示は非常に重要で、下手なコマーシャル・ギャラリーで扱われるよりも貸しでチャンスを作る方がチャンスは広がると思います)。
ギャラリーが作家を育てるので、そういうギャラリーに所属していないということはハイレベルなステージに行けるチャンスを逃していることになります。

もっと色々新たな経験をしていきたいです。


それと僕が参加していたギャラリーは他のギャラリーとは全く別物だったと思います。
というのも国内で人気の作家はアートのコンセプトという中身よりも絵柄が主体なのに対して海外はコンセプトや作家自体も作品を購入する上での判断基準になります

国内では、例えば国内の大半のアートのコンペや公募も内容を説明する要素がなく、作品の絵柄だけで価値を判断されます。
それが日本の大半の芸術の価値の決め方なんですよね。それって全く西欧から生まれたARTじゃないのですよね。絵画ではあるけどARTではない。芸術ではあるけどARTではない。
海外で評価された実力のある作家がここではイマイチ。でも逆輸入という肩書が出来たり、話題の作家になると違う目で観る。ブランド志向で作品や作家を観る。注目されるのは上っ面ばかりな気がします。それでも良いのかもしれませんが。。

対して欧米のアートの見方は、「なぜこの作家はこういうものを描いているのだろう」、「この作品を作った作家のバックグランドはどうなんだ」と作品のもっと奥を深く見ます。

おそらくそこがアートでは最も大事なことで、
なぜ作家が作品よりも重要なのか。
それは、「作品を生み出す作家に強力なオリジナリティがあれば、そこから生み出される作品は自然とオリジナリティのあるものになる」からと僕は思っています。
自分の中に他の人にはない唯一といえるような強烈なオリジナルのもの(特別なーー体験、習慣、趣味、人格、生い立ち、障害など)がある人は世の中ほとんど居ません。なので作家といっても実際は人が驚くような変わった人生を過ごしてきたわけでもない大抵普通の人達なんですね。
そんなもので、普通の作家が作り出すものが普通であってはいけないので、皆オリジナリティのある作品を色々考えます。その中で絵柄もコンセプトも面白い作品が出来るとそれなりに評価されます。しかしその人自身は本当のところは強烈なものは特別持っているわけではない普通の人なので、たまたま面白い作品がその時、その時期に作り出せただけなのかもしれない。
そこで作家自体が作品よりも重要な判断基準になるんです。
作家に超強烈なオリジナリティがあれば、その作品は”嘘”ではないんです。
本物の変人から生み出された本物の個性なんです。
しかし持っているだけでは良い作品にならず、面白いと思ってもらえるように説明する。つまり作品の説明書が重要なんですね。それがコンセプトというものと思います。
商品の説明書なしで商品だけを観て評価する。その商品がどういう意味を持っていて、どういう理由で作られたのか十分理解せずに買う。アートの楽しみ方が半減していて勿体無いと思います。


偉そうに自分が言えないと言いながらズケズケ調子に乗って語ってしまいましたが、小さな体験ですが地方のアートフェアを経験してみて、アートに対してもっと付き合っていきたいと思えました。




おまけ

アートフェア 「ART NAGOYA」の日記が続きとして下部に書いてあります。

日記なので大したことは書いてありません。

気になった方はご閲覧くださいませ。

この日記は実は2月に書いていたのですが、実際にフェアが始まると色々と余裕が無くて、途中まで書いたっきりでした。残りは思い出しながら続きを書きました。

沖縄移住しました!

timeline_20190401_183235h.jpg  自宅近くの沖縄のビーチ



こんにちは!

更新がだいぶ久々になってしまいました。。。


ところで私”すー”は
沖縄に移住しました!!!


本当に年末年始からずっとバタバタしていました。

まだ全然生活のリズムが整っていなくて準備中という感じですが。




いやーーー
横浜から、ついに沖縄移住です!

まさか沖縄に移住するとは思わなかったですが、もう気分は半分”うちなーんちゅ(沖縄の人)”です。
実際は沖縄の人からは”島ないちゃー(内地から住み着いてる人)”と言うらしいですが。


とにかく引っ越しの荷物をまとめるのが大変でした(特に作品の梱包)。




沖縄で       

横浜でパスポート取得してから、転出届もして沖縄へ。
沖縄に上陸してから新住居に届いた42個ものダンボールを解いて、とりあえず床に並べて生活(まだ一部ダンボールが片付いてませんが)。


timeline_20190402_210917.jpg  ←この部屋以外にもダンボール箱だらけ



生活道具やいろいろ揃えるのにお金がかかるので、出来る限りジモティやメルカリなど中古で購入をするようにしています。
大きなダイニングテーブル、食器棚、制作用のデスクに高さ調節できる回転椅子7個、ブラインド、パソコンデスク、折りたたみデスクと椅子など家具はいくつかジモティで揃えました。家電や棚は価格コムのサイトから注文、冷蔵庫はリサイクルショップで購入しました。
パソコン教室がデスク一式すべて無料であげますの情報が来たときはラッキーでした。

timeline_20190403_094123.jpg  ←食器棚 1000円

timeline_20190403_094120.jpg  ←デスク 0円

timeline_20190403_094119.jpg  ←椅子 0円

timeline_20190403_094121.jpg  ←PCラック 2500円



まだ足りないものがあって、この物件はエアコンがなぜか一台もついていないので、新たに購入しなければいけません(地味にイタい出費)。それもジモティで中古でいいかと思っていますが。

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デフォルトでエアコンのない部屋


ちなみに駐車場は流石に車社会の沖縄は格安です。
沖縄じゃ一家に一台じゃなくて、一人一台が通常らしいので。

timeline_20190403_201742.jpg  ←アパートの駐車場(縦列があります)



それと新拠点で個人的にお気に入りなのが、
高速沿いの物件なんです!
自動車や電車の音が個人的に子供の頃から好きなので近くに住めて幸せです☆
高速沿いと言っても、物件は丘の上で高速は下にあるので、そこまで騒音でもありません。
しかもベランダの外が高速道路の丘の上なので向かいに建物が無く、沖縄の空がよく観えて、とても気持ちがいいです。

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朝方

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夕暮れ 

それに、沖縄の建物はコンクリで基本鉄筋RCなので、お隣さんや上下の生活音や騒音は全くしません。部屋でHIP HOPしても平気そうです(しませんが)。
これがなんと言っても一番良いところですよね。。



それから転入届に印鑑証明、住民票、警察で免許証の住所変更など手続きを済ませました。

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移動手段としてネットでチャリを購入。

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もう組み立てて、主に買い物用に乗っていますが、沖縄は神奈川県並に坂が多いし、メインの通り以外の道がガタガタ、デコボコが酷くて、なかなかシンドいです。

横浜からだと、なんだか少し田舎というか、沖縄に来たんだな~と実感します。

timeline_20190403_201748.jpg 近くの丘から( 沖縄自動車道(有料)が下に見えます)



早いものでもう4月ですが、
こちらは1月、2月も20度を超える日も結構あってそこまで寒くはないです。

ちなみにもう海開きをしているビーチもあります。
今月から全てのビーチが開放されます。

最近やっとちゃんと海を観に行きました。
弟の結婚式の会場周辺の海以外で沖縄に5年ほど行ってて海、ビーチを目的に行ったことがなかったので、ビーチデビューな感覚です。
確かに海は綺麗でした。
やるかどうか分かりませんが、ビーチでアートとかいろいろ考えてはいます。考えては。。


それと実は最近引っ越したわけではなく、もう少し前からここに居ますm(_ _)m
大袈裟かもしれませんが、これからここでの人生が始まるので期待と不安が入り交じる感覚です(不安の方が大きいですが)。

心機一転やってまいります

 






横浜~沖縄に移住するために引っ越し準備

こんにちは。
突然の報告ですが、




私すーは思い切って横浜から沖縄に引っ越します!

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なぜ沖縄なのか。

僕は今まで北海道~四国&四国一周を自転車で野宿しながら数ヶ月旅しましたが、その中でも
「沖縄には一生行くこともないだろうな。」
と思っていました。
海も島も興味もないですし、食わず嫌いでしたが、
いざ行ってみると
「人がすごく親切で温かい。。」
という印象に変わりました。
実際に住んでみたら色々と気がつくことが多いと思いますが。。

都会生まれの自分は東京のような都会が嫌いでした。
そのうち都会から離れて生活したいと思っていたので地方での暮らしに興味を持っていました。
環境が良い、利便性などで住みやすいなど、それぞれ魅力に感じるポイントはありますが、その中でも”人が良い”というのは一番良いのではないかと思っています。

人や物は多いけど忙しさと寂しさに囲われた東京のような都会よりも、ゆったり南国雰囲気な沖縄は都会で暮らしてきた自分には魅力です(正直まだよくわかりませんが)。


何度か沖縄には足を運んできましたが、いよいよ移住することにしました。


というわけで
思い切って沖縄に引っ越すための準備を始めました。




引っ越し準備1(歯医者)


まずは、歯医者の治療をこっちで完璧に終わらせました。

虫歯じゃないのですけど一年ほど前に歯の根元が中で折れてしまったので永久歯を初めて抜いたのですよね。フリーウェイトでパワーベルトとか装備一切無しで110kgのバーベル担いで連続フルスクワット11repsとか、尻上げ無しの胸当てベンチ120kgとかハードな筋トレを数年前までしていたので歯を食いしばっててダメージを追っていた歯が折れたのかもしれません。

で、処置完了。
外に出ると歯科の表にクリスマスツリーが。

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実はこの時はクリスマスでした。



引っ越し準備2(パスポート)

さて次に一応海外でアートに挑戦するかもしれないので準備としてパスポートを申請しに行きました。ぼくは横浜市なので横浜の港の方のパスポートセンターに行ってきました。

昔の時代の横浜の定番ナンパスポットだったという山下公園の直ぐ側です。

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山下公園の通り



パスポートセンターはこのビルの2階にあります。

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前に行ったときも混んでいましたが、今回も混んでいました。
まあいつも混んでいるイメージですね。

timeline_20190112_211920a.jpg 

前は10年パスポートにしましたが結局タイに1回行ったきりで期限切れ。。
だったので今回は5年にしました。


最後に唯一好きな横浜の港を観てきました。


さっきの建物の向かいの道路を横切って。。
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すぐ港です。

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timeline_20190112_210813.jpg   桜木町方面のクイーンズスクウェア


桜木町のみなとみらい~このあたりは道路の広くて人が少ない割におしゃれな雰囲気で壮大な海が眺められて本当に好きです。
外人さんも多いし大きな巨大客船も停泊しています。
この景色が見れなくなるのは少しさみしいです。
一度だけスケッチブックを持って港で舟場を写生したことがあります。

最後に横浜中華街行くつもりでしたが、ちょうどこのときに顔の一部が皮膚病になってしまったので行けなかったのが無念。。(植物油が駄目なので)




引っ越し準備3(荷造り)

次は大事で荷造りです。

「作品の荷造り」                       

最初にいちばん大事な全作品の梱包をしました。

3号~100号までサイズに合わせてダンボールを作って梱包したので何日もかかりました。
一枚づつプチプチのエアキャップで包んで作品に合わせてダンボール裁断して相当丁寧に作ったので結構しんどかったです。
でかい作品は一日一個づつ箱を作って梱包しました。

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30号数枚の梱包

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50号二点の梱包



そしてこれが大物の100号4枚入り。
これだけで2m×130cmほどの8mmマックスの分厚いダンボールの板を4、5枚使いました。
これ作るのマジで大変でした。
大きなダンボールを部屋で裁断するためのスペースを作るところから始めないといけませんでしたから。

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この他にも作品のダンボール箱をいくつも作りました。




「私物の荷造り」                        

それから私物の荷造りです。

私物ではまず最初に不要な名刺を全部処分しました。

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どれだけあるかわかりませんが、
名刺は個人的には要りません。
日本の名刺交換の文化もあまり好きではありません。
多かったのがデパートの方の名刺でした。デパートに限らず名刺なんかもらっても、自分には100%意味ないですからね。
興味があるなら、どちらかがその場で連絡先を聞いたり、次の展示の引き込みやスカウトなどしてきますし。
いつも「意味ないのにな~」なんて思って交換していましたが、後半は「すみません忘れてきました」とか正直に「持っていません」などと言って名刺も渡しませんでした。←(常識の無い男)

デパートの方の名刺もギャラリーの名刺も作家の名刺も大半捨てました。
一応言っておきますが、
ヤケクソになっているわけではありませんよ^^;
大切なことは名刺からは始まらないと個人的に思っているだけです。

とにかく
「捨ててしまえ~」
。。という気持ちで捨てました。


名刺に続いて病院の診察カードも結構ありました。
画像は全部じゃなくて、まだまだカードあったのですけどほかは以前捨ててしまったのですが記念にこれは取っておきました。

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案外体弱いんですよね。。

色んな病気にかかって沢山クリニックや大病院も行きました(精神科は行きません。というか行く必要も無いですが)。

こんなんだから鍛えてるし、走ったりもしているんですよね。





それから今まで使ってきた生活用品や私物を荷造りしました。
荷造りと断捨離を同時にしながら、
ダンボールはヤマダ電機やネットで購入して持っていくものを梱包します。

作品以外で一番多かった私物の第一位は”本”でした。

その数なんと10箱以上。。

しかも作品入れた全部の荷物のダンボールの数が43個でした。。。。。


多すぎでしょ。。^^;;

これを横浜~沖縄まで運ぶ輸送費がイタかったです。

しかも何が痛いって、
一番苦労して作った100号4枚が入った大型荷物が送れなかったことでした。。。!!!



ここで作品を輸送している方に向けて説明すると、
ぼくの周りのアート関係者は大体ヤマト運輸を使います。
他に佐川と西濃がありますが事故率やサービスの良さでヤマトがその中では信頼が置けるからです。

そしてヤマト運輸を利用する場合は作品のサイズによって宅急便かヤマト便を使い分けます。

「ヤマト運輸」
宅急便 縦・横・高さの合計が160cm以内
ヤマト便 縦・横・高さの合計が200cm以内
らくらく家財便 縦・横・高さの合計が450cm以内
展示活動をしていて、らくらく家財便はまず使いません。
というか使ったことがありません。
画商が行うデパート展示は美術品輸送専門の業者を手配してくれるので100号でも問題なく運んで
くれます。
今回僕は展示ではなく、引っ越しなのでらくらく家財便を利用しようと思いました。
それとヤマト便とらくらく家財便じゃ金額が結構違います。
らく家財は家具を運ぶ用のヤマトの別の小会社がやってるサービスで高いです。


で、
100号を仕方なくヤマトのらくらく家財便を利用しようと思ってサイズを調べたら、縦横奥行きの合計が350cm以内だったのでEランク。
沖縄の輸送はEランクまでで、それ以上の大きさになるFやGランクの荷物は沖縄までは運んでいないのです。
ぼくはEランクですから沖縄まで運べるはずなので、高額ですが運ぶ予定でしたが、裏設定が発覚して送れませんでした。

まず沖縄までの大型荷物の輸送は日本郵政もヤマト運輸もどこの運送会社も航空便ではなく船便を利用します。
電話でヤマトに確認しましたが船に乗せる荷物は写真のロールボックスパレットに乗せるようです。

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出典:http://www.yamatobc.com/box/index.html

そして、たとえ3点の合計が350cm以内でも、パレットに乗せれない長さの荷物は送れないのです。

なので、めちゃめちゃ苦労した100号入りのダンボールが送れませんでした。。。。

沖縄では最大の公募展で沖展というのがあるのでそれに出品しようと計画していたのがオジャンになりました。。
地方の公募展なので作家の画歴にもならない感じですが、沖縄でアート活動(展示・教室など)をしていくためにはここでの受賞や人脈作りも必要なことと思います。

新たにこちらで100号を描かないといけなくなりました。
こっちで生活を整えてから今年の別の公募に間に合わす為に新たに100号描くって考えただけでシンドいです。
下地作るだけでも大変ですしね。。


というわけで荷物を全部送って準備終わりです。



珈琲画

オマケで多摩美のときと卒業してからも描き続けていた珈琲画が出てきました。

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ジャンボ旅客機 

え1_html_m3e183997 ”Girl” シリーズ

実は美大では写実は描かずに卒業までずっと抽象画を描いていたんですよね。
しかも珈琲画と名付けて描いていました。

この珈琲を使った描き方も今のリアリズムと共に自分で編み出し完全にオリジナルの描き方です。
もちろん作風も独自のもので、この珈琲画のスタイルは今でも好きです。



ここで思うことが、
珈琲とか絵の具ではないものを使って絵を描いている方々が世の中にいますが、それだけだとアート市場では。
「だから何なの?」
と思われます。

珈琲で絵を描くこと自体は新鮮味も斬新さもありません。(イカ墨とかその他の素材も同様に。)

正直、珈琲よりも茶色の絵の具のが当然発色も良く綺麗な色が出ますし。

それをあえて珈琲を使う意味は、
「珈琲という絵の具でないもので描いた」
ということを面白いと思っているからでしょう。
しかし、その次元で完結してしまっているならそれはアートではなく”ただの絵”です。

ぼくは珈琲で描いているときに、
「なぜ絵の具でなく珈琲で描かなければならないのか」
「珈琲で描くことの必要性」
「珈琲でないと出来ないこと」
を説明、科学的にもコンセプト的にも提唱しなければ意味がないと思っています。

偉そうなことは言えませんが絵を”アート作品”と言えるまで昇華できるにはそういう”中身”が必要なんです。
ぼくの珈琲画には明確にそういったコンセプトがあります。

それはまた機会があればお話します。




とりあえず沖縄へ向けての準備完了!

いざ出発へ☆










中卒の引き篭もりが母から贈られた本がキッカケで大検取得→美大(多摩美)に合格した過去:前篇

部屋の大掃除ならぬ大片付けをしていると一冊の本が出てきました。

「だからあなたも生きぬいて」

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弁護士の大平光代さんが書いた本です。


「懐かしい~~」

昔のことでも、ついこの間のように思い出せます。



この本は僕が人生で最も辛い状況に落ちていった中学を卒業してからの10代の時に母から渡された唯一の本です。
母から本を勧められたり、もらったのはこの時だけでした。

どういう本なのか大雑把に言うと、
小学生のときにクラスメイトのイジメで自殺未遂(お腹をナイフでブスブスと割腹)それから非行に走り、極妻、離婚後に水商売。人生どん底で無学で人の暖かさから離れていった人が、ある人の優しさに触れてから、変わりだし、一念発起で小学生の教科書から勉強を初めて、宅建→司法書士→と資格を取得。そして次に一発で司法試験を取得してしまう話です。
ちなみに弁護士になってからは自分と同じ非行に走った子供達と接していたようです(今現在の様子はわかりません)。
僕の下手くそな説明でこの本の印象を変えてしまうと良くないので、詳しい情報は大平光代さんのwikiに飛んでみてみてください。


この本を見つけたついでに自分のちょっとワケありな過去をお話してみます。
今年は個人的に大きな決断、心機一転、区切りの年ということもありますし。。

まあ大平さんと比べたら自分なんか全然ですが。



今回の記事はとても長いです。
更新回数を稼ぐ為に同じ話を細かく区切って公開していくようなやり方が好きではないので(例:美大受験パート②とか)一気に書いてます。
(とは言ったものの、、ものすごく長くなったので話を2回に分けました。。
いつまで経っても次の記事や日記などが書けなくなってしまうので。。)






そして
僕のことを知らない方のためにジコショーカイ。
作家名は「すー」と申します。
リアリズムというリアルな描写技術と質感と、それとは対象的に空想のファンタジーな世界観とタッチでHybrid Realism(ハイブリッド・リアリズム)というオリジナル画法で人物画を描いています。

Lost Blue  ←クリックで拡大
世界絵画大賞展 ターナー色彩賞






中学を卒業してから引き篭もりになるまで

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では冒頭の続きです。

この本を渡されたときの状況を少しだけ説明すると、
当時、僕は横浜の少々荒れた中学を卒業してから、高校には行かずに、すぐに”引き篭もり”になってしまいました。
(どのくらい中学校が荒れていたかと言うと、まだ中1のときから不良達は元体操選手の男性の担任を本人の前で呼び捨て、背中を飛び蹴り、授業時間でも好きなときに外出、授業中に全部の教室の窓をホウキの柄で一枚づつ割る、特定の生徒へイジメ&暴力など)

中学はなんとか通いましたが高校には行かない自分と比べて、ちゃんと”通学”という学生の”お仕事”をしている幼馴染や友人と、なにも務めを果たしていない自分を比較したのです。



まあ最初は学校から帰宅した友人達とも遊んでいましたが。。
それもすぐに考えが変わりました。

彼らが自分とは違う強い存在に思えてきました。

それに引き換え自分は「なんて弱い男なんだろう」という思いが増して、彼らから、そして家族からも自ら遠ざかって行きました。
(ちなみに高校に行かなかった理由は”イジメ”ではありません。
イジメはその前の時代に中卒までの6年間ずっと続いて来ましたがそれはまたの機会にお話したいと思います。)

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家族と一切顔も合わせず、会話もせずの期間は半年ほどでしたが、精神的ダメージが酷くて肩まで伸び切った髪はスカスカ。毎日毎日死ねない自分が情けなくて生きることも放棄している感じで、何もやる気がせず、誰とも顔を合わせず、ただただ毎日ボーっとしているだけの虚無感と強烈な孤独感と悪夢の日々を過ごしていました。



そもそもなぜ進学しなかったのか。

それは自分の空虚な高校生活を鮮明にイメージしてしまったことが理由です。

中学を卒業してからハッキリと
「勉強もしないのに3年間も学校に行くのは意味が無い」
と、勉強を全くしないで神奈川の工業地帯にある最底辺高校に通っている自分をイメージしました。

勉強は大嫌いでした。それは信念というか執念?いや、怨念に近い感情で”勉強は絶対にしない”と決めていました。
勉強は両親の押しつけの反動で小学5年頃から意地でもしなかったので(どこの家庭でもありますよね)、そのまま高校に行っても1時間目から5,6時間目までALL聞いていない授業をただ座ってぼーっと過ごしている自分を想像して「なんて無意味なんだろう」と思いました。

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実際中学ではそのように過ごしていました。
毎日教室に入って席に座った途端寝てるか、漫画を描いているか、スーパーファミコンのゲームの妄想などをしていたくらいなので。(でも意外にオタクでは無かったのですね。ゲームも漫画もオタクになれるほど夢中になることもなくて、ただただ「早く義務教育終われ。」と思って過ごしていました。)

中2のときの授業参観の時でも、大勢の父兄の眼の前でも僕は一番後ろの席で一人だけ机に顔をつけて寝てました。すると後ろの知らないお父さんが僕に「起きなさない」と注意されてしまったこともありました。

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中3になって余裕が出てくると学校もギリギリ出席するようにしました。
確か1/3の出席さえしていれば留年しないとかだった気がします。
自分で大雑把に計算して3日おきに学校に好きな時間に僕だけ登校したりしていました。
「今日は昼過ぎでいいや」
「明日は2時間目から行こう」
「明日も明後日も行かなくていいや」

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好きな時間に行くし、行きたいときだけ行く。
これも全部義務教育への抵抗・反発でした。
小学校のときは女子全員から。中学になると女子全員+不良から。そしと教師や塾の講師のイジメもあったことが反動になって「学校に関わる全て」への強い負の感情がそうさせていました。
僕にとって小学校から中学卒業までは学校という場所は楽しいというよりも屈辱恐怖が占めていました。




でもあとで、
「勉強しなくても高校には行っておけばよかったなあ。。」
とは思っていました。
クラスの皆と過ごしたりすることで社会性が多少は身についたでしょうし、それより何より青春時代を空白で過ごしてしまったことを後悔しました。皆が学校の友人とどこかに行ったり遊んでいたり、一緒に楽しくやっているなか、自分は孤独にバイトしている時期があったり、部屋で油絵を独学で描き始めたりしていました。



学校も行かない自分が情けなすぎて友人とも家族とも顔も合わせられなかったんです。





分岐点

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今まで自分の人生に影響を与えた自己啓発などの本はいくつかありますが、
この本が最初に僕の人生の軌道を少し変えたのかもしれません。
(※本の紹介がメインではありません)


今でこそ僕は間違えて美大(多摩美)という無意味な機関を出て(卒業して)しまいましたが、
それ以前は実はずっと中卒でした。

中卒後にすぐ”引き篭もり”になってしまったんです。

その時の詳しいお話はまた後ほど。

とにかく、
中学を卒業してからも勉強を今までしてこなかった自分が初めて真面目に勉強をしてみる気になれたキッカケがあの本でした。



ーーー話を戻します。

「なつかしいなあ~~。。。」
手にとって全部また読んでみました。

これは再度購入したもので、最初に読んだ本より改変が進んで少し過激な内容がマイルドに変わっていると思います。
確か大平さんは勉強に望むときにいつも「起きてる時間はほぼ勉強していて椅子に足を縛り付けて、眠くなると針を手の甲に刺していた」という描写があったと思うのですが、その部分が削除されていました。この部分が僕に勉強の気を起こさせた個人的に大事な箇所のひとつだったのですが。。

でもこの方ほど、どん底の状態から這い上がった人ってなかなか居ないと思うので、あれからなにか辛い目に合うと「自分なんて大平さんよりは全然マシだよなあ」な~んてたまに思うんです。

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ヤル気スイッチ

当時、この本を読んですぐに10代の僕には大きなヤル気スイッチが入りました。

毎日生きもせず死ねもせず、ただ強烈な孤独感に苦しんでいる悪夢の日々が続いている自分に、将来は大学は出ておかないと「いよいよヤバイ」と漫然と思っていた僕は、これを契機に大学に行くために勉強を始めることにしました(と言ってもたかが美大ですが)。
僕は高校には行っていなかったので、まず大学を受験するための権利を獲る為の”大検(大学入学資格検定)”を取得することにしました。
大平さんを見習って、無学だった僕も小学生の”算数”、”国語”の教科書から書店で購入して人生で初めて本気で勉強を始めました。

ダウンロード (2) 



大検は、ぼくの時代は2001年以前の試験で、合格ボーダーラインも今よりは高いですし、必須科目は11科目。おまけに年にたった一度の試験(8月)だったのに対して、今は8科目。しかも試験が年に2回に増えています(大検は2001年から科目数及び試験回数の変更が始まった)。
4ヶ月の勉強で11科目のうち10科目取得したけど、たった一科目逃したために翌年夏の試験まで一年間待った僕は「(今の受験生は)すげーラッキーじゃん。。。」思ったものです。
大検(現在は高卒認定試験という名称)についての詳しい話はまた後ほど。。


まあ人それぞれヤル気スイッチは違いますが、当時の自分にはこの本がヤル気スイッチを押してくれるキッカケでした。




当時を振り返って

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多分当時の自分は”生きがい”が必要だったのだと思います。
生きる意味をしょっちゅう考えていました。
生きる為の意味を見つけて何かに頑張りたかった。
それで何も取り柄のない自分に自信をつけたかったのだと思います。
この頃、映画雑誌の人物などを観たまんま描いたりして、絵は描いていましたが、自分の絵を誰とも比較したことも無いし、中学以来他人の絵すら観たことがなかったので自分の絵が「上手」などとは全く思えず、むしろ
好きな絵も下手だし、スポーツも出来ないし、頭も悪いし、友達もいないし、(人間的に)弱いし、なんにも無いんだなぁ。。」
そう信じていましたし、実際そうだったと思います。

でも今でこそ思えるのですけど、何かに秀でたものを持っている人のほうが少ないし、なにも無きゃ無いで良いのですけどね。

DSC_0098c4.jpg ←10代の当時部屋で描いていた油絵 (クリックで拡大)
(映画雑誌に掲載されてる写真を参考)




大検合格。そして。。

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さて一年越しに数学だけ受験して合格。
これで当時必要だった全11科目を取得したので晴れて大学を受験出来る権利を取得しました。
(でも正直大検などより、高校を卒業した人の勉強量のほうが圧倒的に多いです。
大検はあくまで大学を受験するための権利でしかありません。)


「とりあえず大学に将来は行っておいたほうが良いんじゃないか」
と思って取得したので、
「行きたい大学が出来たら、いつかそのうち受験しよう!」
くらいに構えていました。

そしてそのまま数年が過ぎーーー


自分が「絵が好きなので美大に行ったら良いのでは!?」と思いました。

それからそのまま独学で自由気ままに勉強と絵を描いていました。
そしてそのまま雪の降る中の2月の真冬の受験で初めて美大に行き受験してきました。


ー後編へ      

ーーーーーってめちゃめちゃ長くなってしまって、この記事に更に時間がかかりそうなので不本意ですが続きは、また次回にしますm(_ _)m(パート②とか嫌だとか言ってたのにスミマセン)

色々と話すことはまだあるので、もうしばらくお付き合いください。



横浜で最後のデッサン会

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磯子でデッサンモデルやってきました。

モデルもしばらくオフにしていたので正直すっかり忘れてて、
つい二日前に

「もしもし、すーさん?○日大丈夫ですか?。」
「はい。え?なんでしたっけ?」
「モデル。頼んだでしょ。」
「ああ。はい!」←まだ良くわかってない。
「よろしくおねがいしますねぇ。」
「はい~。」
ガチャリ

「あ、そういえばモデルの約束してたんだっけ。。(^_^;)」

連絡が来て慌てて思い出しました。

場所は横浜市社会教育コーナーという場所を借りてのデッサン会でした。



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練習ポーズが終わって、
デッサン会のモデル調達担当の方から「脱いだほうが良いんじゃない」と脱衣の希望もありましたが、顔の肌荒れが気になっていましたし面倒だったので着衣にさせていただきました。



というかポーズですが、
前回片足を組んで痛みで苦しんだのに、また足を組んでます(゜o゜;

まあ~今回は大丈夫でした。

でも実はこれが最後の顔合わせでした。
最後なのに突然今まで荒れたことの無い皮膚病に顔がなってしまったので(今は治りました)、気分も乗らず食事も制限していて終わった後の飲みも参加できなかったのがちょっと寂しかったです。

数ある公募団体の中の一団体ですが、ズケズケと最初っから中に深く踏み込んでみて、良い意味でも悪い意味でも、いろいろと解ったことがあったのが収穫でした。
とにかく他の団体とは違って皆仲が良くて派閥も無い団体でした。

これが魅力であり、逆に貪欲さの無い団体の弱さでもあるのだと思っています。

最後は団体へ自分が思ったことを全部伝えて挨拶してお別れしました。
↓そのときのことが載ってる会報

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ぼくってフワッと飛んでいきそうな華奢なイメージなんですねえ(笑

とにかく色々と良い雰囲気ではある会で、変な計算の無い会ですから公募団体に所属してみたいという方は是非とも本展に参加されてみても良いと思います。

本展リンク

ではでは。


日の出の早朝ランニング

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日の出の河川敷:神奈川県横浜市

最近もっとスタミナをつけるために頻繁に走るようになりました。

今までも筋トレと兼ねてたまに走っていましたが、最近は3日おきです。

毎日走ると膝が壊れそうなので回復したら走っています。

最近は朝は寒いですよね。
朝起きるのがシンドいですよね。
僕も起きて寒空の中を走りに行くのは、かなりシンドいですが日の出を拝みながら朝走りに行くと一日のスタートが気持ちよくてテンションが上ります(・∀・)☆

一番好きな時間が夜明け前の真っ暗なときに走り始めて、走っている途中から夜が明けて日の出が出てくる時刻です。
なんか不思議な感動のような気持ちが静かに湧いてきます。

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電柱と夕日


日の出がこういう雰囲気だと、
はるか先まで遠く続く電線の鉄塔にかかる日の出が哀愁を帯びている感じがします。
自然の中で寂しさを感じると人生でしなければならない何か大事なことに気づける感覚がしてが好きです。
 
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この寂しさってどこから来るのだろうかと思ったとき思い出しました。
日の出じゃなくて日没ですが、
昔子供の頃家族で見ていた「金曜ロードショー」のテーマ曲です。




海だか湖かわかりませんが夕日が黄金に反射して海面のところでトランペットを吹いている映像。
なぜか悲しい気持ちにいつもなっていました。
寂しくなると、「人も自分もいつかは必ず死んじゃうんだなあ。。」そういうことをよく考えていました。
生まれてきてどういう人生を過ごして、自分は何をして生きていきたいのか。人生観と死については今でも常に考えています。
日常では気づけ無いことを寂しさは僕に教えてくれます。




そういえば、
夏場のときは朝は雀がまだ暗いうちから外で暴れまわっていました。
空中に飛んでいるセミや虫をキャッチして食べていました☆
夏場はセミが主食になってそうです。
セミの死も無駄にはなっていないと思うとホッとします。
走ってると道路でひっくり返っているやつがいたりするので、草むらか木に貼り付けたりしてました。アスファルトの上で死ぬよりいいです。

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いつものジョグングコースです。
写真の木は桜の木です。
駅に行く方面は春は長い桜並木の道に変わります。

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駅とは反対に行くとこういう感じです。
横浜市の中でもローカルな場所です。


こうやって走っていくうちに一気に明るくなって気分もテンションも上がるんですよね。



そんでもって最後に緑のトンネルを抜けて帰ります↓↓
これがぼくの日課です(^_-)-☆(筋トレもね)

Good Luck☆
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栄光の未来へ